2017年2月18日 19:11

旧日本勧業銀行台南支店

台南市内中心部、忠義路と中正路の交差点にある威風堂々とした灰色の重厚な建物が、旧日本勧業銀行台南支店、現在の台湾土地銀行台南分行だ。

日本勧業銀行台南支店は、台湾で最初にできた台北支店から遅れること5年の1928(昭和3)年に設立された。

勧業とは「事業を提唱し、産業を奨励する」という意味である。

同行の日本統治時代の台湾における表向きの営業方針は、台湾に大量の資金を投入して土地開発、農地の水利事業を推進するというものであったが、実際は信用融資によって台湾の農業漁業を発展させ、日本政府の当時の台湾に対する植民地政策だった「工業は日本、農業は台湾」を達成することにあった。

設立最初は、台南駅前の北門町2丁目(現在は國賓大樓が建っている)にヨーロッパ風建築のオフィスを構えた(写真はこちら)が、1937(昭和12)年に日本勧業銀行の建築課が当地に4年をかけて現在の建物を完成させた。

建設にあたったのは、東京清水組(現清水建設)である。

建物の壁には横に長く花飾り模様の装飾が帯のように貫いているが、ところどころに日本でなじみのある七福神がポイントとしてつけられているところが、これが日本統治時代の建築であることをうかがわせる。

建物を見た時に最初に目が行く道路に面した柱の列はギリシャ神殿様式が用いられており、当時の日本の得意なスタイルである。

柱の内側の歩道部分の天井には「藻井」と呼ばれる、中央に花飾りがついた四角形の枠のような装飾が施されており、その緻密さには目を奪われるが、あちらこちらに燕の巣ができてしまっているのが少し残念だ。

壁にある窓は、上部はインド仏教様式の半円型、下部は四角形になっており、枠にはこれまた精巧な飾りがつけられている。

台南には、このサイトでも紹介している通り日本統治時代の建築物がまだいくつも残っているが、この日本勧業銀行台南支店は独特の造形で重厚な雰囲気が漂い、ほかに類を見ないものとなっていると思う。

おそらく内部も見るべきものがたくさんあると思うのだが、現在もこの建物は銀行の店舗として使用されているため、見学は不可。

また、斜め向かいに建つ林百貨店の屋上からまた違った角度で建物を眺めることができるので、同時に見るといいと思う。

個人的には、台南観光ではずすことのできないスポットのひとつだと思う。






台南市内中心部にある1937年建造の旧日本勧業銀行台南支店(1)

台南市内中心部にある1937年建造の旧日本勧業銀行台南支店(2)

台南市内中心部にある1937年建造の旧日本勧業銀行台南支店(3)

台南市内中心部にある1937年建造の旧日本勧業銀行台南支店(4)

台南市内中心部にある1937年建造の旧日本勧業銀行台南支店(5)



【2014年10月撮影】


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2017年1月15日 18:49

台鐡(台湾国鉄)台南駅

台鐡(台湾国鉄)の台南駅は現役で活躍する歴史的建造物である。

完成したのは何と日本統治時代の1936(昭和11)年。

全体的なデザインは、色こそ異なるものの東京駅の丸の内駅舎のようなヨーロッパの雰囲気が感じられる。

最上部が半円形になった窓やエントランス、柱などに刻まれた細かな彫刻など、いくら見ていても飽きることがない。

常設ではないと思うが、駅の中には日本統治時代の駅の様子を撮影した写真が飾られていたこともあり、それは興味がそそられるものであった。

駅舎だけでなくホームや駅弁などの売店、駅員さんの服装までひっくるめて、まるで昭和30年代か40年代の地方都市の駅のようで、自分のような年代の者にとってはノスタルジックな気分にさせられる。

台南に旅行に来て、もし鉄道を利用する機会がなかったとしても、観光スポットとして訪れる価値が十分にある場所だ。

Wikipediaによれば「台鉄捷運化により地下化が予定されており、現在の前站駅舎などの一部施設は保存、2階部分の鉄道ホテルは復元される見通しである」とのことなので、今の姿が見られるのはあとわずかかもしれない。






1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(1)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(2)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(3)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(4)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(5)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(6)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(7)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(8)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(9)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(10)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(11)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(12)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(13)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(14)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(15)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(16)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(17)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(18)

1936年に完成した台鐡(台湾国鉄)台南駅の風景(19)




【2014年10月撮影】


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2016年12月18日 18:30

原臺南運河海關

市内西部、民生路を安平方向へと進み運河に出会う直前にある環河街との交差点の南西角に立つ市定古蹟。

通り沿いに説明看板が出ているのだが、一部が破損していて詳細はよくわからない。

日本が台湾を統治するようになり、安平港から市内へとつながる運河の浚渫工事を行ったことで多くの船が街に近い場所まで入って来れるようになり、それに合わせてここに関税などの業務を行う事務所を作ったのが現在に至るまで残されているようだ。

建物は台湾で作られた日本様式の伝統的なスタイルをしており、特に屋根のかかった小ぶりな入口が美しいと評価されている。

西側には回廊があり、地面との境界から上に伸びた柱が屋根を支えている。

内部は白く塗られた木の壁が印象的な大きな事務スペースのほかに小部屋がいくつかあり、建設当時に据え付けられた木製の家具などが今も使われているという。


なお、建物を含め敷地全体が現在も使用されており見学は不可。

自分は知らずに通りから中に入って建物を撮影していたら、事務所から出てきた職員らしき男性に「ここは立ち入り禁止です」と言われてしまった。






台南市内西部に日本統治時代に税関として建設された原臺南運河海關(1)

台南市内西部に日本統治時代に税関として建設された原臺南運河海關(2)

台南市内西部に日本統治時代に税関として建設された原臺南運河海關(3)

台南市内西部に日本統治時代に税関として建設された原臺南運河海關(4)





【2012年11月撮影】


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2016年8月11日 18:08

全美戲院

台南市内中心部、民権路二段と永福路二段との交差点から後者をほんの10-20m南に進んだ右側にある映画館。

自分は最初、日本統治時代に建てられた建物だと思ってるたびにそのレトロな雰囲気が好きだったのだが、実際には1950年開業だそうだ。

第二次世界大戦後それほど時間が建っていないので、もしかしたら日本統治時代の影響を受けているのだろうか。

しかし、実はここは今では珍しい手書きの看板を掲出していることと、米アカデミー賞の監督賞を2度受賞したことで有名な映画監督、アン・リーが通っていた映画館としても有名だ。

アン・リー自身は台南ではなく屏東県の出身だそうだが、ここまで通っていたのだろうか?

手書き看板に隠れてしまって物そのものを細かく見ることができないのが自分としては残念なのだが、風合いのある手書き看板を見るのもそれはそれで楽しいと思う。

よほど興味があるのでなければわざわざ来ることはないと思うが、市内中心部にあるので、ほかのスポットを観光するついでに通りかかったら、ちょっと立ち止まってみるのがいいだろう。



台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(1)

台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(2)

台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(3)

台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(6)

台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(4)

台南市内中心部にある1950年開業の映画館「全美戲院」(5)



【2014年10月撮影】


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2015年11月29日 17:36

奎楼書院

台南市内やや南部にある、雍正4年(1726年)に建設された文昌帝君を祭った私学機関。

東門円環(ロータリー)から府前路一段を西に100mほど進み、萬昌街へ右折してすぐに左手にある府前路一段90巷34弄に今度は左折して入ったすぐ。赤崁楼方面からだと、民権路をずっと進み有名な菓子・饅頭店の「萬川號餅舗」を過ぎて300mほど行くと府前路一段90巷があるのでそれを右折して100mほど進み、34弄に入るとよい。

当初は現在の中正路と忠義路との交差点付近に「魁星堂」という名で建設され、4大書院のひとつとして名をはせていた。文昌帝君を主神としていたため「文昌祠」という名で呼ばれることもあったという。

嘉慶19年(1814年)、当時の街の名士が集まってお金を出し合い3階建ての豪華な建物に2年をかけて造りかえ「奎光閣」という名前になり、さらに道光13年(1833年)再改名され現在の「奎楼書院」となった。

書院の維持費用は寄付や春・秋に開催される祭事への寄進で賄われ、道徳や詞、歴史などを教えていたらしい。

日本の植民地時代の昭和元年(1926年)に闢馬路開通に伴って現在の場所に移り2階建ての建物となったが、飛行場が近くにあったため第二次大戦中に破壊されてしまった。

しばらくはそのまま打ち捨てられていたが、民國43年(1954年)に篤志家が約98,000元の費用を寄付して1年かけて修復したが、昔に比べると建物はずっと質素なものになった。

修復後しばらくは幼稚園として使われていた。

その後もたびたび修復の手が入れられているようで建物はそれほど古さを感じさせないが、前庭を囲む建物の前にある柱や敷地を囲む壁、中にある石碑などはオリジナルのままだという。

路地の奥まったところにありそれほど有名な史跡でもないため、訪れる人は少ない。



台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(1)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(2)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(3)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(4)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(5)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(6)

台南市内やや南部にある18世紀建設の学校「奎楼書院」(7)


【2011年3月撮影】









2015年9月10日 18:39

神農街(北勢街)

一般には、神農街または神農老街と呼ばれることが多い。

台南内やや西部の水仙宮から薬王廟の間のわずか数百メートルの小道であるが、台南で最も有名な路地かもしれない。

昔、この地区は五條港と呼ばれる港があってたくさんの船が出たり入ったり、あるいは停泊したりということでたいへん賑わっていて、それに伴って発展したのがこの神農街である。

ほとんどが2階建ての非常に間口の狭い家がすき間なくぎっしりと道の両脇に建ち並んでいる。

おそらく法律か何かによって立て直しや修復が制限されているのだろう、古いまま一部朽ち果てて今にも崩壊しそうな家もあって、昔は昼間歩いてもあまり人通りもない寂れた雰囲気が漂っていた。

が、近年観光地として開発が進み、建物はそのまま残したまま、一部は喫茶店やバー、あるいは土産物を売る店になり、また台湾の著名な書などが大きく掲示されたりもしている。

らに夜にはライトアップがされるようになり、そぞろ歩きも楽しめる。



台南市内西部にある古い家屋が立ち並ぶ路地「神農街」(1)


台南市内西部にある古い家屋が立ち並ぶ路地「神農街」(2)

台南市内西部にある古い家屋が立ち並ぶ路地「神農街」(3)

台南市内西部にある古い家屋が立ち並ぶ路地「神農街」(4)



【2014年10月撮影】










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2015年8月30日 22:22

接官亭石坊

台湾のガイドブックなどではただ「接官亭」と記載されていることも多いが、正式には「接官亭石坊」という三級古蹟。

住所は民權路三段143巷8號で、和平街と康楽街との交差点の北西角の小さな広場のような場所に風神廟とともに残っている、石でできた門と碑で構成されている。

接官亭のその名の通り、官僚を接待する場所で、ここでいう官僚とは大陸から渡って来た中国本土人をさす。

昔の台南はこのあたりまでが入江となっていて実質的には海であった。

200年以上前には船で中国大陸の厦門から台湾海峡を渡って来た官僚はまずは鹿耳門(台南の北西部郊外)に船をつけて一休みしてから台南へと向かった。

最初の頃は、大井頭(赤嵌楼から100mほど南の、現在の永福路と民権路の交差点付近)まで船を進めてそこから台南の街に入っていたが、水深が浅かったため西にある現在の西羅殿近くに位置する鎮渡頭を利用するようになった。

そして、1739(乾隆4)年に正式に大陸の官僚を送迎する場所として接官亭が建設された。

建設当時は、大門、接待をする場所である「官廳」、そして航海の安全を祈願する風神廟の3つの建築物によって構成されていたが、その後第4の建物として観音大士を祭った大士殿が造られた。

大陸からやってきた官僚たちはこの石門の前で船を降り、台南の役人からの出迎えを受けてまずは風神廟にお参りをした後で台南の街(府城)へと入ったという。

乾隆42年には風神廟が改築されるとともに大門の左側に大陸からの官僚たちが休息したり買い物をしたりするための公館が建設された。

これらを合わせて「重建台灣群城圖」という名前がつけられており、まさに台南の玄関口として威厳のあるたたずまいだったらしい。

さらにその後、大門の脇には鐘鼓楼が建築され、船が発着する時には鐘が盛大に打ち鳴らされたという。

現存している接官亭石坊は高さ8m*幅8.1mで、中国泉州の白石和青斗石が使われており4本の柱を持つ2層構造になっている。

台湾にあるこうした門の中でも最も大きくまた構造が複雑であり、当時の大陸からの官僚を送迎がいかに重要であったかを物語っている。

1918年に日本人による統治が始まると、建物は徐々に取り壊されていき、1924年にほぼ現在の姿になった。


現在は、ノンビリとした雰囲気の街並みのなかにあるが、当時の雰囲気に思いをはせてみるといいと思う。

自分にとっては、風神廟とセットでお気に入りの場所のひとつである。



広場に立つ案内碑
台南市内西部にある「接官亭石坊」の案内碑



台南市内西部にある「接官亭石坊」全景(1)



奥に見えるのが風神廟
台南市内西部にある「接官亭石坊」全景(2)



台南市内西部にある「接官亭石坊」全景(3)

台南市内西部にある「接官亭石坊」と風神廟(右)



風神廟の入口から見た接官亭石坊
台南市内西部にある「接官亭石坊」を風神廟からみたところ



門の西側に建つ石碑
台南市内西部にある「接官亭石坊」の西側に建つ石碑




【2012年3月撮影】










台湾の歴史について知りたい


2015年6月20日 13:10

小東門

台南市内東部、勝利路と小東路との交差点から前者を200mほど南に行った成功大学の敷地内にある。

建設されたのは清代の1725(雍正3)年で、1776(乾隆41)年に現在の形となった。

小東門以外の街の城壁は、一部を除いて1887年に台南が首都となり街の規模が拡大されたのに伴って基礎部分以外はどんどん壊されてしまい、さらに日本統治代にこの一帯が軍の兵舎として使われたこともあってすっかり忘れ去られ、長い間土に埋もれていた。

が、1985年に成功大学が敷地拡大のための工事を始めたところ城壁の基礎部分が見つかり、これを史跡として保存し、現在は三級古蹟に指定されている。

小東門のすぐ近くの城壁は上部まで残されてはいるものの、木などの浸食によってかなり崩れてきており、一部には修復のためかビニールシートがかけられたりしている。

また、基礎部分だけが残っているところは文字通りただ残っているという感じで、大東門のように全体が完全に隔離されて保存されているわけではないので、あまりゆっくりと見学できるという感じではない。

個人的にはこちらのほうが風情があって好きだが...



門の脇に立つ三級古蹟を示す碑
台南市内東部にある小東門(1)



門と城壁全景
台南市内東部にある小東門(3)



崩壊を防ぐために一部にはビニールシートがかけられている
台南市内東部にある小東門(2)



趣のある門
台南市内東部にある小東門(4)

台南市内東部にある小東門(5)



樹木の浸食で一部は崩れてしまっている
台南市内東部にある小東門(6)

台南市内東部にある小東門(7)

台南市内東部にある小東門(8)



基礎しか残っていないところは塀や照明設備などが覆うように造られてしまっている
台南市内東部にある小東門(9)



【2012年3月撮影】







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2015年1月 3日 18:17

国家台湾文学館(旧市政府舊舎)

台南市内中心部、民生緑園沿いにある、1916年落成の日本統治時代の代表的建築物。

1911年に市区改正実施後建築が始まり、1916年に完成した。

第2次世界大戦中に大きな被害を受けたが、その後修復・保存され、2003年10月には台湾初の国家規模の文学博物館である「国家台湾文学館」として開館し現在に至っている。

同館のサイトによれば


台湾初の国家規模の文学博物館である「国立台湾文学館」は2003年10月17日、正式に開館し、運営をスタートしました。
「国立台湾文学館」の建物は百年の歴史を有する国定文化遺産であり、1916 年、日本統治時期の台南州庁として落成されました。
建築家森山松之助氏の手がけた西洋歴史建築様式で、台湾総督府及び監察院と共に台湾における有名な建築の一つです。
本館の大部分は戦争や老朽化のため、1997年より修復作業が行われ、2003年に完成しました。
文学、文化、建築、歴史が融合し、近年、台湾の「文化遺産修復再利用」の模範となりました。
台湾文学館の使命は、台湾文学の発展を記録し、早期の原住民及びオランダ、スペイン、明朝、清朝、日本、戦後などの外来政権統治によるその時代の苦難に満ちながらも、多様に成長して来た文学を保存し、展示することにあります。
本館では、同時に教育推進イベントを通して、来館者の台湾文学に対する理解を深めることに努めています。
また、文学図書閲覧室、児童文学図書室、文学体験室などのスペースを設け、親子、青少年に知性的な空間を提供しています。
台湾文学館は文学の種がこの台湾の地で深く根ざし、育ち、人々の文化に対する心を豊かにし、更には生活の一部になることを心から願っています。


とのことである。


開館:火曜日~日曜日 9:00 ~ 21:00
住所:中西区中正路1



台南市内中心部にある国家台湾文学館(旧市政府舊舎)



【2012年3月撮影】










2011年8月27日 21:46

原寶公學校本館

台南市内北西部、西門路三段にある日本統治時代に建設された学校。

 

明治31年に創校された寶公學校本館の前身は台南第二公學校であり、元々は永楽街の水仙宮にあった。

 

そして、明治44年(1911年)に現在の場所に移設され、現在の原型となる校舎が建設された。

 

その後、昭和11年(1936年)に再建され、名称が寶公學校に変更された。

 

戦後、立人國小と名前を変え、民國83年(1994年)に大火災に見舞われたが修復工事がなされ、現在の形となっている。

 

 

原寶公學校本館

台南市内北西部にある原寶公學校本館の全景

 

 

正面玄関

台南市内北西部にある原寶公學校本館の正面玄関

 

正面玄関は2階建てで完全に左右対称となっている。2階の上部がアーチ型をしている窓は、台南の日本統治時代にできた多くの建造物に見られる特徴だ。

 

銅筋に泥土を塗り、そこに国防色の石材を貼りつけている。

 

横から見た正面玄関

台南市内北西部にある原寶公學校本館の正面玄関を横から見る

 

 

正面玄関。上の額は後年かけられたものだろう

台南市内北西部にある原寶公學校本館の正面玄関入口

 

 

正面玄関の脇には小さな丸窓が

台南市内北西部にある原寶公學校本館の正面玄関脇の小窓

 

 

正面玄関から左右には、長い回廊を伴って校舎が伸びている

台南市内北西部にある原寶公學校本館の正面玄関から横に伸びる回廊

 

 

校舎の壁

台南市内北西部にある原寶公學校本館の横の壁(1)

 

台南市内北西部にある原寶公學校本館の横の壁(2)

 

 

1階の窓は正方形、2階の窓はアーチ型となっている。

 

 

100m以上ある細長い校舎なので、中ほどには出入口が造られている

台南市内北西部にある原寶公學校本館の側面に造られている出入口

 

 

回廊を覆う壁と校舎の窓

台南市内北西部にある原寶公學校本館の回廊を覆う壁と校舎の窓

 

 

上の角を丸く切るのは、1930年代ころの典型的なデザインらしい。

 

 

2階の廊下の柵の装飾

台南市内北西部にある原寶公學校本館の2階の廊下の柵の装飾

 

 

中の文字は、戦後の校名をかたどったものだ。

 

 

 

【2011年3月撮影】











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