2017年5月 5日 12:16

府城隍廟の一番の見どころは大算盤と額書

台南を紹介するガイドブックには必ず載っている、主要観光スポットのひとつ「府城隍廟」。

台南市内中心部、青年路にある1669年創建の台湾の城隍廟の首座を占める第2級古蹟だが規模は非常に小さく、ササッと見てしまえばあっという間に終わってしまう。

しかし中にはぎっしりとさまざまな装飾がなされ、ゆっくり参拝していけばより深くこの廟を理解することが可能になる。

廟には日本で書かれたリーフレットも置かれているので、まずはそれをもらうと参拝がより楽しくなるだろう。

個人的にこの廟で一番の見どころは、入口(三川門)を入って振り返った上にある大算盤とその向かいにかけられている額書だと思う。

大算盤は「善」「悪」と書かれた脚に支えられているが、これは死後に閻魔大王がそれまでの行いをこのそろばんで計算して、六道のどこに行くのかを決める、と考えられている。

ウィキペディアによれば、「六道」とは

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(1)天道
天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。

(2)人間道
人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。また、唯一自力で仏教に出会える世界であり、解脱し仏になりうるという救いもある。

(3)修羅道
修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

(4)畜生道
畜生道は牛馬など畜生の世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、使役されるがままという点からは自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。他から畜養(蓄養)されるもの、すなわち畜生である。

(5)餓鬼道
餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。旧暦7月15日の施餓鬼はこの餓鬼を救うために行われる。

(6)地獄道
地獄道は罪を償わせるための世界である。

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とのことである。

自分は昔、ネパールのカトマンズでシャカ姓の仏教徒の家に2年ほど住んでいたことがあり、そこのおじいさんからこの六道について何度も話を聞かされたり、あちらこちらの寺院で六道が描かれたタンカ(仏画)を見ていたので何となくなじみがあったのだが、さすがに算盤はみたことがなかった。

その点は、台湾様式なのだろうか。


その向かいにかけられた額書は「(これから大算盤でお前の行いを計算するが)覚悟はいいか?」という意味で、台南三大名書のひとつとされているらしい。

書のわからない自分でも、確かにすばらしい字だと感じる。

地元の人にとっても日常的な参拝場所のひとつでもあり、常に廟の中には人がいる感じだが、ここを訪れたらぜひこの大算盤と額書をゆっくり眺めてその意味に想いをはせてほしいと思う。






台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の全景

台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の内部(1)

台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の内部(2)

台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の算盤(そろばん)

台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の有名な額(1)

台南市内中心部にある第2級古蹟「府城隍廟」の有名な額(2)



【2014年10月撮影】


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2016年8月26日 15:31

徳化堂

台南市内やや南部、府前路一段の南門路との交差点と開山路との交差点とのほぼ中間地点にある廟。

徳化堂は、齋教龍華派の布教場所として創建された。

齋教とは、こちらのサイトによれば

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中国の在家仏教の一つで、明の初めに起こり、明末に台湾に伝わった。厳格に菜食を守って信者同士を菜友といい、賭博・飲酒を厳禁する。男性を斎公、女性を斎姑といい、道場を斎堂という。釈迦・弥陀・観音を敬い分派もある。

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とのことであるが、日本で言う臨済宗のことである。

齋教には3つの分派があるらしいので、そのうちのひとつが龍華派なのだろう。

ちなみに、廟でいただいた冊子には龍華派の宗旨として「在家菩薩智非常、鬧市叢作道場 心地若能無罣礙、山平地總西方」と書かれている。

清嘉年間に福建省から台湾に渡って来た門人が徐々に信徒を増やしていき、嘉慶4年(1799年)に安平に「化善堂」という名前の廟を創建した。

ついでその15年後に「徳善堂」という廟を創建し、道光18年(1838年)に現在の場所に「徳化堂」を創建したという。

その後、この徳化堂は大いに隆盛を極めたが、日本統治時代に入ると徳善堂は破壊され一部の文物はは徳化堂に移された。

日本の統治が終わると徳化堂は再び人を集めるようになり、現在の形になるまでたびたび修復が行われた。

人工的に造られた階段を登って敷地の中に入ると、おそらくコンクリート製と思われる小さな堂が見えてくるが、両脇の壁の最上部には花の入ったカゴのようなものを加えた獅子(?)がいたりして、ちょっと普通の廟とはことなる不思議なものがところどころにある。

入っていいものかどうかが通りからはよくわからないので、階段を少し上がって中をのぞきこむようにしていたところ、信徒の方であろうか、通りかかった日本語の少ししゃべれるおじさんが声をかけてきて、上に紹介した龍華派の宗旨を含め廟について紹介している冊子をくれたうえ、中を案内してくださった。

大通りに面しているが内部は人もおらずしんとした感じで、台南(台湾)の廟ではあまり感じられない少し張り詰めたような空気が漂っていた。

有名な孔廟や延平郡王祠からも500mと離れていないので、ぜひ立ち寄ってほしい廟だ。






台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(1)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(2)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(3)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(4)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(5)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(6)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(7)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(8)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(9)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(10)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(11)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(12)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(13)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(14)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(15)

台南市内やや南部1838年創建の廟「徳化堂」(16)



【2014年10月撮影】


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2016年8月 3日 14:27

建安宮

市内南西部にある「下林建安宮」という別名を持つ廟。

市内中心部からだと、西門路を南下してきて新光三越台南西門店の南側の交差点を右折して樹林街二段に入り、150mほど西に進むと大徳街141巷という路地があるのでそこを左折、さらに150m進んだ四つ角にある。

あるいは、西門路を新光三越からさらに100mほど南下すると南寧街との交差点に出るのでそこを右折、200mほど行った左側になる。

創建道光6年(1826年)と比較的新しく、民国21年(1932年)、そして50年(1961年)にも大規模な改築が行われている。

そのため、外観・内部ともにそれほど古さというか歴史は感じられない。

主祀は中壇元帥で、ほかに玄天上帝、金吒、木吒元帥,代天巡狩朱府、馬府、金府三千歲、註生娘娘などが祭られている。

昔、この一帯は別名にある通り「下林」と呼ばれており、昆沙宮が人々の信仰を集めていた。

人々は、日中は漁業や農業に従事しており、夜になってからこの昆沙宮にお参りするというのが普通であったのだが、そのためには小西門を通る必要があった。

しかしながら、小西門に門限が設けられたため人々はに昆沙宮にお参りすることができなくなってしまった。

そこで昆沙宮から太子爺の像を現在の建安宮の場所に持って来て、小さな祠を建ててそこにお参りをするようになった。

そして、多くの人々がこの場所に夜に限らず朝などにもお参りするようなったので、この場所に本格的な廟を建立して太子爺の全身にお香や火をあてた上で金色に塗って中壇元帥と称するようになったらしい。

こじんまりとした廟で、日中はお参りする人もそれほど多いようには見えないが、今でも地元の人々からは篤く信仰されているようで、線香が絶えない。



台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(1)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(2)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(3)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(4)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(5)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(6)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(7)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(8)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(9)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(10)

台南市内南西部にある廟、(下林)建安宮(11)



【2012年11月撮影】


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2016年5月 5日 10:16

五妃廟

台南市内南部、健康路一段の野球場や陸上競技場を備えた中正記念運動公演の北側にある1683年(明永暦37年)創建の、明朝最後の王である寧靖王の5人の妃・妾を祭った廟。

南北に120-130メートル、東西に70-80メートルの大きさで赤色の塀に囲まれており、入口は北側の五妃街沿いにある。

市内中心部からだと、湯徳章紀念公園(国家台湾文学館(旧市政府舊舎)のあるロータリーから)南門路を1.5kmほど進むと五妃街との交差点に出るので左折するとよい。

寧靖王は、清朝との戦いで中国本土を追われ鄭成功とともに台湾に渡って来たがここでも戦いに敗れたことで、命運が尽きたことを悟り自害することを決心した。

その時、寧靖王には袁氏、王氏、秀姑、梅姐、荷姐という名の5人の妃・妾がおり、彼女たちを逃がして生き延びさせようとしたのだが、王のためにその貞節を守ると考えた5人は王よりも先に自らの命を絶ってしまった。

寧靖王はこの5人と、ともに自害した2人の仕女の7人の亡骸を魁斗山という場所に葬り、すぐに自らも命を絶ったが、魁斗山はその後人もあまり近寄ることがなく荒れ果ててしまったという。

しかし、この話自体は人々に長く語り継がれており、後年魁斗山と発音が似ている桂子山と称して現在の場所に新たに廟が建設され、その後さらに名前を鬼仔山と改めた。

廟の敷地の中に入ると、広々とした中に不釣り合いなほどの非常に小さな建物がポツンと建っている。

前面はほかの廟とあまり変わらないものの、裏に回ると勾配を持つ小さな古墳のような形をしており、なぜここが「山」のつく名前で呼ばれていたのかがわかることだろう。

廟の建物の入口両脇に描かれているのが妃・妾と一緒に自害した仕女で、中に入ると正面に5体の妃・妾の像が安置されている。

あまり訪れる人もいないのか、いつ行っても人が少なく非常に静かな雰囲気が保たれており、往時の出来事に想いをはせながら廟をお参りするのもいいと思う。

個人的には、台南旅行をするのであればぜひ訪れてほしい場所のひとつである。






廟を取り囲む塀
台南市内南部にある五妃廟(1)



入口から見た廟
台南市内南部にある五妃廟(2)



廟の全景。こじんまりしている
台南市内南部にある五妃廟(3)



廟の正面入り口から帰し方を振り返る
台南市内南部にある五妃廟(4)



入口脇には、妃・妾と一緒に自害した2人の仕女の絵が描かれている
台南市内南部にある五妃廟(5)


廟の内部
台南市内南部にある五妃廟(6)

台南市内南部にある五妃廟(7)



正面奥に祭られた本尊の五妃
台南市内南部にある五妃廟(8)

台南市内南部にある五妃廟(9)



横から廟の建物を見る
台南市内南部にある五妃廟(10)

台南市内南部にある五妃廟(11)



裏は古墳状にこんもりと盛り上がっている
台南市内南部にある五妃廟(12)

台南市内南部にある五妃廟(13)

台南市内南部にある五妃廟(14)



敷地の中には、小さな祠がある
台南市内南部にある五妃廟(15)

台南市内南部にある五妃廟(16)



石碑もいくつか建てられている
台南市内南部にある五妃廟(17)

台南市内南部にある五妃廟(18)



大きな木もあり、ひとみに最適だ
台南市内南部にある五妃廟(19)



【2010年3月撮影】


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2016年3月 2日 17:41

全臺開基永華宮

 台南市内やや南寄り、南門路と府前路一段の交差点から後者を70-80m東に行った左手にある府前路一段196巷を入ったところの路地の中にまぎれるように立つ廟。

孔子廟からだと、やや南寄り向かいにある府中街に入って100mほど行った右手にある開山路122巷を入って行ったほうが近い。

台南市政府観光旅行局が作成したパンフレットによれば、

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 永曆16年(1662年)に現在の台南女中の近くの山尾と呼ばれる場所に「鳳山寺」という名前で創建された。この名前は、もともと福建省安南にある鳳山寺の分寺として創建されたことに由来する。
 現在は主神としては廣澤尊王が祭られているが、元々は鄭成功の臣下だった陳永華参軍が祭られていた。陳永華がこの世を去った後の乾隆15年(1750年)に民衆が台湾の文化教育への貢献を感謝し、改修を施すとともに廟名を永華宮と改名した。
 日本統治時代の大正13年(1925年)に、寺院のあった場所に政府が台湾銀行を建設することになり、孔子廟の対面である「六合境柱仔行」と呼ばれる現在の場所に移築された。その後、1946年、1958年と改築が加えられ、現在の形となっている。
 廣澤尊王の周りには、尊王夫人妙應仙妃、陳永華總制、南斗星君、北斗星君、三坪祖師、達摩祖師、中壇元帥、天真聖祖、文昌帝君、月下老人、福德正神等神明が祭られている。
 永華宮と府中街の地域社会は密接に関係しており、普段から太鼓の伝統芸が学べるだけでなく、ランタンフェスティバルを行うなど、子供たちが歴史を理解できるようになっている。

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とのことである。

 ちなみに、廣澤尊王は中國福建省泉州の南安地方の土着神で,「保安尊王」、「保安廣澤尊王」、「郭相公」「郭聖公」、「郭聖王」、「翹腳王」、「聖王公」などの別名を持つ。

 日本語のガイドブックなどには紹介されておらずあまり訪れる人もいないのか、自分が行った時には日本語が多少できるお年寄りの方がつきっきりで廟の中を説明してくれて、最後にお茶までごちそうになってしまった。

 その方によると、主神の廣澤尊王が右足を左足の膝の上に乗せているのは、母親が尊王を持ち上げようとしたが重たすぎて何度も失敗してしまったので、持ち上げやすいように尊王がこのような体勢を取ったからなのだそうだ。






台南市内中心部にある全台開基永華宮(1)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(2)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(3)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(4)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(5)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(6)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(7)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(8)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(9)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(10)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(11)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(12)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(13)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(14)

台南市内中心部にある全台開基永華宮(15)



【2014年10月撮影】










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2016年1月12日 23:23

風神廟






和平街と康楽街との交差点の北西角の小さな広場のような場所に、接官亭石坊ともに建っている、乾隆4年(西暦1739年)に創建された、台湾で唯一の風神を主神とする廟。

最初は、台南を行き来する船の後悔の安全を祈願する目的で南河港の安瀾橋のそばに建設され、乾隆30年(西暦1765年)ならびに乾隆43年(西暦1778年)の改修で規模が大きくなっていった。

当時は大門、官廳、風神殿、大士殿という4つの建物から構成されていたらしい。

しかしながら、日本統治時代の大正7年(西暦1918年)に政府が市区改正で新しく道路を建設したために取り壊されてしまい、大正13年(西暦1924年)に現在の場所に当地に移転された。

民國46年(西暦1957年)には大規模な改修工事が行われほぼ創建当時の規模に戻った後、民國81年(西暦1992年)にもさらに改修が加えられている。

名前の通り風を操る神様として、特に船を使う漁師や貿易に携わるひとなどからひときわ厚い信仰を集めている風神を主神としているが、それとセットになっているのが本殿を入って左手にある雷公と右側にある電母だ。

雷公は鳥のような顔をしており、悪人を見つけて罰を与えるという役割を担っている。

一方の電母は雷公が誤って善人に罰を与えることのないよう、人々を監視して悪人を見つけたら光をあてるという役割を果たしているのだそうだ。

こじんまりとしていてあっという間に見学も終わってしまう廟ではあるが、接官亭と合わせてほかの廟とは少し違った趣があり、時間があったらぜひ訪れてほしい場所だと思う。



台南市内西部にある「風神廟」(1)

台南市内西部にある「風神廟」(2)

台南市内西部にある「風神廟」(3)

  台南市内西部にある「風神廟」(4)

台南市内西部にある「風神廟」(5)

台南市内西部にある「風神廟」(6)

台南市内西部にある「風神廟」(7)

台南市内西部にある「風神廟」(8)

台南市内西部にある「風神廟」(9)

台南市内西部にある「風神廟」(10)

台南市内西部にある「風神廟」(11)

台南市内西部にある「風神廟」(12)

台南市内西部にある「風神廟」(13)



【2012年3月撮影】










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2014年9月24日 21:06

鄭成功祖廟(秋の大祭)

台南市中心部、忠義路2段にある台湾の開祖、鄭成功が祭られているのが鄭成功祖廟(鄭氏家廟)である。

wikipediaによれば、

1663年、鄭経が父親の鄭成功を祀って専祠を起工し、台湾が清朝の版図になった後、鄭氏大宗祠(ていたいそうし)と改名し、昭格堂(しょうかくどう)とも呼ばれた。近年、「鄭成功祖廟」と正名された。三開口三進の優雅な伝統で、門前の古い井戸は創設時期の遺跡で、庭園には七弦竹で深緑色に染められている。幼年鄭成功と母田川松の彫像がある。
正堂に鄭成功が祀られ、唐・宋・清の祖先と並んでいる。1771年の「三圭世錫」額と堂内の石柱に刻まれた「昭毅無雙開疆復土承天續、格思靡既迪後光前擘海祠」より、鄭氏開拓の功労と祖先を敬う心を彰顕している。
なお、歴史上の鄭成功は、彼自身の目標である「反清復明」を果たす事無く死去し、また台湾と関連していた時期も短かったが、台湾独自の政権を打ち立てて台湾開発を促進する基礎を築いたこともまた事実である為、鄭成功は今日では台湾人の精支柱(開発始祖、「ピルグリム・ファーザーズ」)として社会的に極めて高い地位を占めている。

とのことである。

以前は門が閉ざされており、中に人が見える時に頼んで開けてもらい参拝していたが、最近では日中は常時開門して中に入れるようだ。


自分がある時に訪れたら、ちょうど秋の大祭が行われていた。

「台湾の開祖」と言われるだけあって、廟の内部に置かれたお供え物は、これまで台湾で見たどの廟のものよりも豪華で、かつひとつひとつの供物の細工などが精緻であった。


また、廟の前の通りは完全に封鎖され、京劇が演じられており、多くの人がイスに座って見入っていた。



廟の入口には大きな花輪のようなものが飾られていた
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の廟の入口



廟の入口の上に吊るされている提灯も、いつもよりきれいに見える
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の廟の入口に吊るされた提灯



入口の柱には祭りの成功を祈願した紙も貼られていた
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の廟の入口に貼られた成功祈願の紙



本堂の前のスペースには、所狭しとお供え物が置かれていた
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂前に置かれていたお供え物



本堂内のお供え物はさらにすごい。ひとつひとつじっくり見てもまったく飽きなかった
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(1)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(2)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(3)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(4)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(5)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(6)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(7)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(8)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(9)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(10)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(11)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(12)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本堂に置かれていたお供え物(13)



甘いもの好きだったのだろうか、本尊の鄭成功の像の前にはお菓子がたくさん置かれていた
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本尊と前に置かれたお供え物

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本尊の前に置かれたお供え物



どことなくユニークなスタイルの鄭成功像
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時の本尊



廟の前の通りは京劇の劇場に変わっていた
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時に、前の通りをふさいで行われた京劇



こんな感じなので、ストーリーや言葉がわからないと少々退屈に感じる




もちろん音楽は生演奏である
台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時に、前の通りをふさいで行われた京劇の楽団(1)

台南市中心部にある鄭氏家廟(鄭成功祖廟)での秋の大祭時に、前の通りをふさいで行われた京劇の楽団(2)



【2011年3月撮影】










自分は学生時代に「国姓爺合戦」の名前は受験勉強で覚えましたが、
それが鄭成功の話だとは当時は台南に来るまで知りまんでした...

2011年8月 7日 14:12

開基天后宮

台南市内中心部からやや北、成功路から自強街に入って少し進み、右手にある細い巷(路地)を行った奥の突き当たりにあるこじんまりとした廟。

 

創建は明永暦年間で、主祀は天上聖母、すなわち媽祖で、この廟は台南でも最も歴史の古い媽祖廟のひとつとされている。

 

その昔、台南はこの廟のすぐ近くまで海になっており、ここから300mほど西の大銃街あたりが海岸線であった。

 

そして、この廟はそこから航海へと出る船の安全を祈願して300.年近くにわたって香を焚き、火を燃やし続けた。

 

民族路にある大天后宮との対比で、こちらの廟は"水仔尾小媽祖廟"という俗称を持つ。

 

廟は前殿、正殿、後殿の3つに分かれており、前殿と正殿は直接つながった様式になっており、大変細長い構造をしている。

 

廟内部にある文物は珍しいものが多いとされ、とりわけ明崇禎年間に作られた媽祖像、清乾隆年間に作られた観世音像、台南で最も早い時期に作られたとされる龍柱などはとりわけ貴重とされている。

 

そうしたことから、国家二級古蹟に指定されている。

 

大通りから奥まっており、規模も小さいことから大天后宮と違って訪れる人も少ないようで、いつ行ってもほとんど人気がないが、落ち着いたたたずまいが素敵な廟だと個人的には思う。

 

 

巷(路地)の入口から見る

台南市内中心部にある開基天后宮を巷(路地)の入口から見る

 

 

正面概観。間口が狭いのがよくわかる

台南市内中心部にある開基天后宮正面

 

 

入口にかかっている看板

台南市内中心部にある開基天后宮の入口にかかっている看板

 

 

正殿正面に掲げられている書の額

台南市内中心部にある開基天后宮の本殿正面に掲げられている書の額

 

 

正殿内部概観

台南市内中心部にある開基天后宮の本殿内部概観

 

 

正殿の主祀、媽祖を祭った祭壇

台南市内中心部にある開基天后宮の本殿の主祀、媽祖を祭った祭壇

 

 

主祀の媽祖像(奥)

台南市内中心部にある開基天后宮の主祀、媽祖像

 

 

主祀の媽祖像を斜めから見る

台南市内中心部にある開基天后宮の主祀、媽祖像を斜めから見る

 

 

正殿の脇の壁に祭られた神像

台南市内中心部にある開基天后宮の本殿の脇の壁に祭られた神像

 

 

後殿の祭壇

台南市内中心部にある開基天后宮の後殿の祭壇

 

 

 

【2011年3月撮影】











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2011年6月27日 23:17

府城隍廟

台南市内中心部、青年路にある1669年創建の台湾の城隍廟の首座を占める第2級古蹟。

 

廟の全景

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の全景

 

 

入口(三川門)

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の入口(三川門)

 

 

入口(三川門)を入って振り返った上にある大算盤

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の大算盤

 

 

「善悪」と書かれた脚に支えられているが、死後に閻魔大王がそれまでの行いをこのそろばんで計算して、六道のどこに行くのかを決める、と考えられている。

 

 

廟の内部概観

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の廟の内部概観

 

 

上部にかかっている額は"(これから大算盤でお前の行いを計算するが)覚悟はいいか?"、という意味で、台南三大名書のひとつとされる。

 

 

後殿へと向かう円形の門

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の後殿へと向かう円形の門

 

 

後殿の前庭

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の後殿の前庭

 

 

後殿の祭壇

台南市内中心部、青年路にある第2級古蹟、府城隍廟の後殿の祭壇

 

 

 

【2010年11月撮影】











2011年6月16日 22:22

夜の天壇

数ある台南の寺廟の中でも参拝客の多さでは一、二を争うであろう天壇。

 

昼間は、大型バスで乗りつけた人々か忠義路から廟に通じる露地を行きかい、お参り道具を売る露店がズラリと並んで門前市をなし、落ち着かないカンジで、自分はあまり好きではない。

 

しかし、そんな天壇も、夜になるとまったく別の顔を見せてくれる。

 

天壇に通じる忠義路2段84巷の夜の風景

最も有名な台南の寺廟のひとつ、天壇に通じる忠義路2段84巷の夜の風景

 

 

提灯に照らされて妖しげに光る天壇本殿の壁

忠義路2段84巷から見た夜の天壇の壁

 

 

本殿の夜の様子。昼間とはまったく違い人が少ない

最も有名な台南の寺廟のひとつ、天壇の夜の本殿の様子

 

 

本殿の真向かいに立つ壁像

最も有名な台南の寺廟のひとつ、天壇の本殿の真向かいに建つ壁像の夜の風景

 

 

妖しげな空気が漂い、それでいてどこか懐かしさのようなものも感じさせる様は、以前自分が住んでいたことのあるネパールの首都、カトマンズにも通じるものがある。

 

もし、天壇に行く機会があったら、ぜひ夜にも足を運んでみてほしいと思う。

 

 

 

【2010年11月撮影】









































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